第81話 不動さまは反体制派

仏の中でも如来や菩薩は慈悲深い柔和な顔をしているのに、不動さまは焰髪の頭につきさすようなするどい眼つき、牙をむき出して武器で威嚇する。その忿怒の形相はすさまじく、みつめる人びとをふるえあがらせる。なぜこんな恰好をしているのだろう。

フリードリッヒ・ニーチェはかつて、人間の性格をアポロ的およびディオニソス的と分け、前者は現状維持の内向的精神に裏付けられ、後者は現状打破の外向的精神に裏付けられると説き、心理学や文化人類学でもこの分類法がうけつがれ、多くの学者は個人や社会集団の性格診断に適用している。

この分類法に従うならば、不動さまは明らかにディオニソス的性格の持主である。如来や菩薩がアポロ的におとなしくおさまっているのに対して、その現状にあきたらず、もっと荒々しい生命力の躍動を肯定し、人びとに力強く生きることを叱咤する反体制派の仏である。

不動さまは正しくは不動明王といい、明(ダラニ)を唱えて祈った時にもっとも功徳があり、もとはヒンズー教の最高神シバの別名である。しかし一説には、インドの奴婢から昇格した神であるともいう。中国の菩薩流志によって景竜三年(七〇九年)漢訳された『不空羂索神変真言経』にこの仏の功徳が説かれているが、インドや中国ではこの彫像や絵画はあまりみられない。日本に伝わってから五大明王を率いる仏として、あるいは単独の仏として盛んにつくられ、真言宗、天台宗の寺院でおもに信仰されている。

出典:松涛弘道著「誰もが知りたい217項 仏教のわかる本」廣済堂出版
1974年出版 33ページ